〜オイル篇 〜







 ああ、やっとこられたのですね、私のいまわの際に。
 私は今、神に召されようとしています。私はアルマン・Yamaha. Mixer・デュバル。
 私のマルグリットよ、今度こそ、主のみもとで貴方の腕に抱かれよう。ああ、神よ、お許し下さい。私の恋情は死しても尚、彼の女を求めてやまないのです。
 はい?
 おお、あなたは元の雇用主、かのアンクル・トムが羨ましいほど私を虐げ、虐待し続けた方ではありませんか? レ・ミゼラブルで泣いた幾倍もの人々が、枕を涙で追し流すでしょう……。
 だが、私はあなたを許します。主の御名と共に祝福も与えましょう。
 ああ、目が霞む……このような死の床にある私にオイルの話をせよと……ああ。神よ、この異教徒に永劫の罰を!!……与えないでおきましょう。
 では始めましょう、この私の吐息と共に私の運命と絶望にどんな鬼畜な方でも、マダム、あなたでも涙をふり搾らずにおれないでしょう。
 ……話は二十年以上戻ります……。
 私が運命の星の元に生まれたヤマハの小牧工場よりロッドスチュワートの歌う「セイリング」に送られて、砕け散る波頭をものともせず、私を生きとし生かせるところへ憧れと希望を乗せて、荒海に乗り出したのでした。
 え?
 小牧からはトラックで輸送? 海は関係ない?
 ああ、これだから……奥方、貴女にはロマンという言葉を御存知ないのか? まして、私はエコライザーがついているのですぞ。出てくるものを美しく聞かせるために多少の音の変化は当たり前です。
 ああ、息が切れる、……何処までお話しましたでしょうか、神よ、そうそう、気がつけば、ここバハマで線に繋がれまくってたと! ウッ!
 ……あなたがお話下さい、マダム。……いえ、マダム、気を悪くしたわけではありません……口出しされなければもっと楽に息が出来ると思うのですが……少しオイルを……。
 私の見たオイルは、シバッチ(G.Vo) レオ宇都宮(B) ドクタ島野(Dr)の三人でマーシャル二段積み・フルパワーの驚くほどの音圧で音波に吹き飛ばされぬよう、しがみついているのがやっとでした。
 パワーアンプからのシールドを放すな!
 マイクのシールドが千切れるぞー! 波に乗れ、帆を張れ! 面舵いっぱーい!!
 怒濤のライヴでしたとも。
 そんな中で、GとBのユニゾン・重く早いドラム、見事な技量でありました。
 ライヴを見に来て、忘我の世界に漂う人々も、一切ノイズもハウリングも出さないため、あれほどの音量でも楽しんでおれたのでしょう。地下の壁が震えていたのです。
 けれども主よ、お許し下さい。私は見てしまったのです。G.Voのシバッチが、ライヴの後、誰にも気付かれぬよう、そっと耳栓を捨てているのを……。
 ああ、私の椿姫、見果てぬ夢よ。
 オイルですね。解っていますからあちこちたたくのはやめて下さい。
 オイルの最後を見ました。今もこの目に焼き付いています。
 雄々しくワイルドで、飛び散る汗と唾、私は白のレースのハンカチを手放せませんでした。
 ラスト近く、シバッチが沢山集まったファンの方々にもっと前に出てこいとか何とか言った時、操り人形と化していた全員が、押し寄せて、ジリッ、ジリッ、とシバッチもレオさんも、クーラーの横の壁に押し付けられていました。
「アイム、チャンピオーン」「アイム、チャンピオーン」
 どこです、姿が見えません。  「チャンピオーン」
 メンバーを助けねば! 私は焦りましたが、悲しいことに私は動けないのです。神よ、このくさびを打ち切って下さい!!と声を限りに叫びました……、だが、私の声は聞き届けられず……
 神も耳栓をしていたのでしょうか?
 それからもずっと私はここで幾千・幾万のバンドの人々と共に泣き、笑い、見守ってまいりました。
 埃にまみれ、身は錆びついても、自らにムチ打って働いてまいりました。他人にも少なからず打擲を受けましたが。
 揚げ句の果てに、主よ、今年の四月の上階の火事で……。
 あの時も、何故我を見捨てたもう!! と叫びすぎて喉を潰してしまいました。
 求めよ、さらば与えられん、と教えを受けましたが、神は、お食事中だったのでしょうか? たっぷりと水を与えたもうた。主の御心のままに……。
 それ以来、この病の床(日本音響の倉庫)についているのです。
 ああ、主よ。終わりの時が近づいています。
 祝福と共に神に召されるのをむしろ心待ちにしております。カメリアの花が私の棺を覆い、沢山の人々が感謝の涙を流すのです。
 レクイエムは「さよなら過ぎ去った日よ(ヴェルディの椿姫より)」を……弔いの鐘が響き渡る……。
 さらば、さらば我が友よ。私のために祈っておくれ……ああ──あ?!
 マダム! さっきから私の話を聞かずに日本音響の福井氏と何を話し込んでいるのです、マナー違反では……何ですって?!
 リサイクル法があるからこのままでは捨てられない?! バラしてコマギレ?!何と、神も恐れぬ不埒ものども!!
 ああ、暗い……目が、……もっと、光を……ゲーテではないこのアルマン・YM・デュバルは言おう。

 もっと、……もっとオイルを……。







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