昔、バハマに猫がいた。
小猫の時に階段を転がり落ちるように入店してきた、虎猫だ。
早々にお帰り願って、表に置いてきたところ、何度も何度も転がり落ちてくる。
お客さんがドアを開けると同時に入り込んでくるので気がつかない。
気付かない間に踏んでしまったりすると、命にも関わるのでじっくり小猫と
話しあってみた。
曰く、 「ここは、大きな音がするよ。 人の出入りもあるので、ぼんやりしていると踏まれるし、家庭じゃないから、君用のトイレもないし、世話もして貰えないし、キャッツフードも残しておくと、お腹を空かせたミュージシャンが食べちゃうよ」
すると小猫は、じっと考え込む様子を見せたかと思うとおもむろに「子ネズミ」をくわえてきた。うむ、さすがにそれは誰も喰わんゾ。 どうでもこうでも居座る気だ。
それでいいよ、と言うことらしいので、私の名前を言った後、小猫に指を差すと「ニャン」と答えた。ひどいネーミングなので何度も指を差すと、その度に「ニャン」と答える。
センス無いなぁと思いつつ、本人が言っているので、「ニャン」と呼ぶ。
あっという間に大人になった。女性だった。イスの間で小猫を生んだのだ。覗くと嫌がって小猫を隠そうとするのだが、可愛いのでついつい覗いてしまう。里親探しに必死になった。名古屋の「麝香猫」というバンドのメンバーにも貰ってもらった。
そんなこんなの間にアグレッシブのライヴがあった。宇都宮レオ君がベーシストでドラムのジュンペイ君も居る、ちょっとオドロなハードロックバンドだ。
サバトの雰囲気を出そうとして、ステージ横に、テーブルをセッティング、鳥の骨を飾って、グラスには血のような液体。リハーサルの間に苦労して、作っただけあってカッコイイ。
客入りの時に目に入ってしまえば、効果がないので、ライヴが始まるまでは、極力、照明を暗くして、見えないようにした。
さあ、いよいよ、SEスタート。メンバーの登場だ。セッティングしたテーブルにピンスポットが当たる。
…………何もない。
え?ええ? 汚れたテーブルと倒れたコップ?!どういう事だ……と思う間もなくライヴは始まる。
ジュンペイ君のバスドラが「ドーン」と鳴る。
まるで、手品のように、小猫4匹と「ニャン」がバスドラの穴から「ポーン」と飛び出した。
「ドワッ」と笑いが起きる。「ニャン」はいち早くイスの下に逃げ込んだが、目が開いたか開かないかの小猫達は、あまりのことに固まったままのフロントマンの間をワシャワシャと這っている。
すんまそん、すんまそん、すみますぇ〜〜〜ん!
藤田、階段を走って逃げる。
バスドラのミュート用にクッションが入っていたので、「ニャン」はこれ幸いとばかりに小猫を連れて、引っ越していたのだ。
テーブルに飾っていた鳥の骨の行方も想像が付く。怖くて店に戻れない。入り口のドアにへばりつく藤田。
ライヴ終了後「お、お疲れさまぁー。ごめんねぇ〜」と声をかけたのだが、レオ君は「いやぁ〜」と笑ってくれたが、目は何故か虚ろだ。よく見るとこめかみに青筋が浮いて#の刻みがある。当たり前っすよね。誰も、骨の行方には触れない。触れられない。
皆が帰ってから「ニャン」を捕まえて、怒った。言い聞かせた。
「ニャン、あんたのしたことはドロボウだよ。無断で、人が置いているのを黙って取ると、盗猫だよ。今度やったら、鳥の代わりにテーブルに飾るよ!」
「ニャン」はふてくされて尻尾を床に打ち付けながら聞いていたが、おもむろに、「ウゲゲ 」と白っぽいゴツゴツしたものを、タバコ二箱分ほど吐きだした。
や、やっぱり、こいつが犯猫だったのか。しかし、今ごろ返されても困る。変形しているものを、レオ君に「骨、見つかりましたのでお返ししますぅ」って電話しても、もっと怒るだろう。
溜め息をつきながらティッシュで「ウムム 」をひらってトイレに流す。一度ではひらいきれない。二度目の溜め息の途中で、みぞおちの辺りから息がフッフッフッと吹き出してくる。肩が揺れる。苦しいので上を向く。声を出そうとしても言葉にならない。ハッハッハッハッ。足の力が抜けてへたり込む。息が出来ない、涙もあふれ出す。苦しい。……わ、笑ってるんじゃないですよ、ほっほっほっ、こ、こんな悲惨な事っっわっ、笑えるものですかっかっかっ………。
後日談。
「ニャン」はどんどん賢くなって、リハーサルの時にギタリストが「ここで、これを踏んでね」と頼んでおくと、ライヴ中に、エフェクターをもみもみしてリクエストに答えたとか……ただし、よく曲と場所を間違えたそうな。(嘘です)
《完》