私はインスパイア一号が好きだった。あの毒舌と、悪魔大王のような姿も、センスのよい歌詞も好きだった。
口から先に生まれてきたような二号の霜君も、ギターの音は好きだった。
三号のベースの福岡君、の音には惚れまくった。
重たいドラムのシン君の四号も好きだった。故にきっと、私はインスパイアが好きだったのだ。
きっついMCも、カマキリ大王みたいなメイクも、随分楽しんだ。ライヴの無い日でも良く店でたむろしていたので(ドロドロととぐろを巻いて時々、シャー!と言いながらカウンターにかみついていた)ライヴ以外の私生活もかいま見えた。
ある時、ビニール袋いっぱいの豆をかついできた。大豆だ。
節分も過ぎたのに、大黒さんのような袋を担いで嬉しそうだ。「鬼はそと」のイベントでもするつもりなのだろうか。
T.F.「節分でぶつけられた豆、そんなにあったの?」
一号「ぶつけられたんやないワイ、もろおて来たんじゃ!」
T.F.「私にぶつける気?」
一号「あほう!もったいないこと言うな、喰うんじゃ!」
T.F.「そんなに食べたら、入れ歯になるよ。マイクに入れ歯が食い付いてたら……面白いけど、……うん、インパクトはあるな」
一号「ばちあたりのクソババァ! こんだけあったら一週間はもつぞ、ワッハッハッ」
何たるサバイバルだ。聞くとキャッツフードも喰った事があると言う。サバイバルゲームをする時は、絶対、こいつと組もうと思った。
「バケモノ!」「クソババア!」と怒鳴り合い、喰えそうなものを取りあいするのだ。修羅の世界だ。
何故か奴に「クソババァ!」と叫ばれるのは快感だったので、嬉々として石で頭を小突けただろう。
たとえばこんな風に……
人里離れた山奥の奥、朝もやの立ちこめる河原によろよろと辿り着くT.F.。もう一ヶ月もろくに食ってないので、寒さと空腹を忘れるために、せめて水でもと思い水面に目を向ける。肩にひとひら紅く色づいた紅葉葉が落ちてくる。
「ゆずり葉よ……」と呟きながら水に浮かんだ紅葉を見る。
じっと見る。流れていった紅葉の下も妙に赤い。のぞき込む。
「も、もしや、ザリガニっ?!」あわてて、掴もうとするT.F.の手を水柱が濡らす。「ヌァッハッハッハッ」一号天狗がザリガニをくわえて笑う。T.F.思わず河原の石を掴み、一号天狗の顔をはたく。飛んでいくザリガニ、追う天狗とヤマンバ。生死をかけた戦いが始まる……。
黒沢明監督に、撮って貰えんかったでしょうかねぇ……。
ライヴの時もこんな調子だったので、始めて見に来たお客さんは怖がる。怖がってるからよせばいいのに、わざわざそこの席の前に行って、あのきっついメイクで、顔をそばに寄せ、笑う。
笑うと余計怖いのだ。女の子の二人組は、本気で泣き出した。
それでもやめない。二人組はバッグをわしづかみにして、泣きながら帰った。
一号「根性つけてこい……(ニタリ)」
そのままライヴは続く。
終わってから
T.F.「一号!お客さんは怖いもん見たさに来てるんやから、そばに寄ったらアカンよ。1mは、離れていてやらんと……」
一号「ワシはバケモンか?! クソババァ!」
その通りだ。一号、何故、私が一号のメイク写真を欲しがったと思うのだ。家の入り口に貼って、魔除けに使っていたのだ。私は一号が好きだった……。
そうだ、こんなこともあった。シングルEPを出すのでレコーディングしていた時のことだ。アナログの頃なので、太くて大きなマザーテープを使っていた頃のことだ。
みんな録り終わって、ミックスに入る前に、聞き直しているとき、妙な音が耳につく。一号のVoが入る前に、ミチャともビチャともつかない音が、微かに入っているのだ。
何のノイズだろう?あれこれ考えたが、わからない。
聞こえないとか、解らないというメンバーも居たので、そこの音を大きくして、繰り返してもらった。
「ミチャ ミチャ ミチャ ミチャ」………この音は聞いたことがある。
猫がミルクを飲むときの音だ。さ、さては……そうです、一号が、謡う前に口をあける、唇の音だった。
オカルト現象かと思った。エンジニアさんに、上手にカットしてもらって、怪奇音は消えたが、当分、「ミチャの一号」と呼んで楽しめた。私は一号が好きだったのだ……。
そんなこんなの楽しかったインスパイアも解散して、みんな、社会人だ。三号は逝ってしまって、哀しいけど、他のメンバーはみんな子持ちだ。一号なんて、四人も生んだ。うん、奴なら男でも妊娠できたろう。なんだって出来るのだ。私はインスパイアが好きだった。
《完》